その2 サヤコとケンタが誕生するまで Part 1(テキスト/小澤雅人)
「風切羽」初稿が上がった二月末から三月頭にかけて、主役のサヤコとケンタ役のオーディションを行った。
僕はオーディション参加者に、二人の掛け合いのある3シーン分くらいの脚本を事前に送り、オーディションではそれを元に芝居を見させてもらった。しかもその内の1シーンは、サヤコのセリフがかなり多い。
オーディションが始まると、やはり脚本を印刷してそれを読みながら演技する人がほとんどだった。その中で、二人だけその膨大なセリフを覚えてきた役者がいた。 その内の一人が秋月三佳だ。脚本は、あえてオーディションの直前に送ったので、それほど覚える時間はなかったはず。その短い期間でセリフを暗記してくるほど熱意のある俳優はいるのか、を試してみたかったが、見事に応えてくれた。もちろん、それだけで選んだ訳ではない。オーディションでは、脚本を読む以外で、即興芝居も要求した。役はそのままで、脚本にはない別のシチュエーションにしたときに、どのような芝居をするのか。芝居のセンスを見るにはこの方法が一番適していると思うからだ。
僕はそのとき秋月三佳の相手役を、古くからの芝居仲間である荒巻信紀に頼んでいた。彼は三十歳ほどで芝居経験も豊富、即興演技も抜群に上手い。そんな彼を基準にして、彼女がどんな芝居をできるのか見てみたかった。すると驚いたことに、荒巻くんがあの手この手で揺さぶりをかけても、秋月三佳はそれに動じることなく、それどころか荒巻くんを弄ぶかのように芝居をリードすることもあった。この子はすごい。そのときの即興演技は本当に見ていて楽しくて、今でも忘れられないほどだ。実は、今となればこの映画のハイライトとなる重要なシーンのサヤコの言動は、このときの秋月三佳の即興芝居からインスピレーションを得て書き加えたものだ。 いろんな意味で秋月三佳は他の参加者を圧倒していた。彼女に出会えたのは、本当に幸運だった。
ケンタ役の戸塚純貴はどうだったか。残念ながらケンタ役でセリフを暗記してくる俳優はいなかった。だが戸塚純貴の芝居のセンスは一際光っていた。良い意味で癖が付いておらず、ニュートラル。かつ、鋭くて無駄のない芝居をする。これは磨けば化けるかもしれない。その可能性にかけたかった。(Part2に続く)

